2018年7月23日月曜日

バイト中にガラス片で薬指を切り、流血した話

 連日の猛暑のせいか、胸焼けのような痛みが纏わりついている昨今。深呼吸をしても痛みは治まらず、埃やダニを掃うにも私が倒れるのが先だろう。皆さんは、いかがお過ごしですか?

 最近始めたスーパーの品出しバイト。いつものように自転車を走らせ、タイムカードを切り、荷台を動かすだけの簡単なバイトだ。退屈ではあるが、以前の飲食とは違い自分のペースを乱されないことについては、本当に気が楽だ。

 それは夕礼が終わり、飲料を棚に陳列していた時のことだった。社員が慌ただしく僕を呼び、裏へついてこいとのこと。この社員は顔がスケートの羽生結弦を目元を暗くしてサイコチックにした顔なので、「陰生」と呼ぶことにする。

 「ガラス片付けて来て」
陰生は僕にビニール袋とペーパータオルの束を渡し、そう言った。どうやらレジを過ぎた辺りでガラスが割れたらしい。品出しとは雑用係のようなもので、店内のポップの張り出し等、しばし関係のないこともこなさなければならない。

 嫌な予感はしていた。陰生は僕にペーパータオルを渡す時、確かに左手にボロ雑巾のように黒ずんだ軍手を一組持っていた。僕はてっきりそれを使い処理するのだと考えていたのだが、彼は「気をつけてね」と一言残し、走り去ってしまった。

 渋々現場へ急行する僕。酒かなにかの瓶が割れているのかと思いきや、破片はそこまで散らばってはいなかったが、何故か生臭い空気が漂っていて、倉庫の発砲スチロール置き場と同じ臭いがした。魚の臭いが、一番厄介なのだ。

 現場には、すでに二人が到着していた。品出し部門のチーフと、パートのおばちゃん。
チーフはジャンプのレジェンド葛西や今年のワールドカップ日本代表の監督、西野に似ていてイケメン。常に笑顔を浮かべる彼の裏には、休憩室で灯した吸い殻の炎が絶えないので「ヤニ西野」と呼ぶことにする。

 ヤニ西野は僕からペーパータオルを取り上げると、濡れた床を拭き始めた。どうやら生臭い原因はこのタイルに溢れた液体にあるようで、本当に便所掃除をさせられているかのよう。それにしてもビニール袋とペーパータオルだけでガラス片をどうやって片付けるのか、お手本を陰生に是非ご披露して頂きたいものだ。

 薬指の表面を切り裂き、腹を抉り侵入してくる何か。
ヤニ西野が「そんなに強く拭かなくても---」と呟くも、時すでに遅し。
どうやらペーパータオルをガラス片が貫通し、僕の指を突き刺したようだ。零れ滴る血と共に、背中から冷や汗が滝のように溢れ出てくる。思ったより深く侵入されていたようで、出血の量も人生に今までにない位多量だった。

 「もういいよ、手洗って絆創膏貼って」
ヤニ葛西は僕にそう告げ、床に滴る血を拭き取る。
バックヤードに撤収しようと顔を上げた僕の目に、おばちゃんが映り込む。・・・え?
おばちゃんは、箒と塵取りを持っていた。いやいや、おかしいだろと。冷静に考えれば僕にも非はあるのだが、どう考えても素手でガラスを処理するヤニ葛西はおかしいし、それを見越していた陰生もおかしい。おばちゃんも、まず箒で大きなガラスを取り除いてから、床を拭く作業に入らせるべきだ。そこは例えチーフが相手でも、止めるべきだろう、と。

 完全に僕は邪魔者で、流した血は無駄になった訳だが、仕方がないのでバックヤードのトイレへ退散することにした。
指を洗い、トイレのペーパータオルとセロテープで即席絆創膏を作っていると、ヤニ葛西が絆創膏を一枚持って現れた。どうやら売り場から取ってきたらしい。
心配の言葉を投げかけ、絆創膏を剥がすヤニ葛西。
強めに薬指を締め付けるようにして、業務に戻る僕。

 少し話が脱線するが、リストカットする人の気持ちが少しわかったかもしれない。ガラス片が侵入してきた瞬間は痛みがなく、ゼリーや海老を歯で押し潰す感覚の逆というか、非日常の違和感がそこにはあった。快感とは程遠いものだったが、非日常が味わえたのは確かだった。

 後から来るタイプの激痛に、思わず今にも泣きだしそうな顔をする僕。ポテチを陳列する僕に、ねぎらいの声はおろか目を向ける者は誰一人としていなかった。

 バックヤードに戻る途中、事の発端である陰生が話しかけてきた。どうやらヤニ葛西から僕が指を切ったことを聞いたらしい。
「大丈夫?だからあれほど言ったのに

ぶっ殺すぞ
僕の脳では反射的にその一言が選出されたが、声に出せる訳がない。口にできていたら、どんなに楽なことか。
そんな僕は少し頷いた後、逃げるように荷台と共にバックヤードへ駆け込んだ。

 あの生臭さが染みついた指先を洗い、お目当ての陳列棚を探しているとそこにはヤニ葛西が。
「大丈夫?無理しないでいいからね、ごめんね」
いつものヤニで固めた笑顔と共に、僕を励ますヤニ葛西。
ここであぁ、やっぱり人は顔が9割なのかもしれないな、と思った。

 以前から陰生には悪い印象しかなかった。因みに彼もなかなかのスモーカーである。上司の前で意気揚々と僕に仕事を教えている姿をアピールし、教育上手をひけらかす陰生。
口調も普段は「いや、それはありえないでしょ」「馬鹿か?」「遅いぞどうした?」と高圧的なのに対し、その場限りで標準語に戻る。DV夫ってこんな感じなのか?と考えたりもしていた。

 傷の具合からは想像できない痛さに苛まれ、今にも泣き出しそうな顔を浮かべながら、顔と性格の関係性について考えていた。
ヤニ葛西の笑顔は煙で膨れた頬で作られてはいるが、笑顔に変わりはない。彼は人に頼み事をする際に、必ず最後にニコッと微笑む。あぁ、人の上に立つ職業には、なんだかんだ人格が伴わないとやっていけないんだな、と考えた。何故なら、陰生は平で、ヤニ葛西はチーフだからだ。

 ところで、どのバイトでも基本店長が口うるさく細かいのは仕事柄仕方ないのか、それとも偶然なのか。エリアマネージャー等、細かく指摘する役職があると思うと、世の中はとても面倒で厄介な仕事で溢れているのか、と考えてしまう。

 最近、僕は自分のことをトム・クルーズだと思い込むようにしている。傍から見ればただのヤバイ奴だが、実際に効果があるのだから驚く。なにがあっても
「トムならこんなことで逃げ出すか?」
「俺はトップガンのトムだ。超絶イケメンだから俺のがカッコイイし強い」
「でも俺はトムだから楽勝さ」
と、ポジティブの化身と化すことができる。
自己肯定感やらメンタリストやら依存症やらの本を読んで
実践したどのことよりも遥かに楽で、効果がすぐに出た。

 内面的な効果だけではない。
何故か陽キャの女子にまつ毛が長くて可愛いと気にいられ、ユニクロのチュッパチャップスTシャツを褒められ、LINEの交換を誘われた。クソ陰キャの僕でも、女友達位は作れるようになったのだ!

 別にトム・クルーズでなくとも、各々の心に寄り添うヒーローは自分自身だ、と思い込めば、少しはポジティブになることが出来るかもしれない。ただし、殺されたジョン・レノンのように自分が本物だと錯覚してしまうケースもあるので、ほどほどにした方が良いのかもしれない。

 僕も将来は子供のみならず、誰かの心に寄り添い、思い込まれるような、そんなヒーローのような人間に成長したいと胸に刻んだ今日この頃。アメリカのヒーロー文化にもう少し深く飛び込んでみたら面白そうだな、と夢見る僕でした。

2018年7月10日火曜日

優しい嘘

 僕は嘘つきだ。弟からは、嘘をつくのが上手いと褒められるが、僕は顔に出てしまうタイプなので、嘘をつく時には「話の筋に合わせる」ことを意識している。
例え不利な状況になっても、一度受け入れ流れに乗り、話のペースを乱さず、相手を信用させる。

 僕は今日もまた一つ、嘘をついた。
弟は、現在ゲーム機器の使用を母によって禁止されている。
理由は「勉強をしないから」だそうだ。
正直、僕の過去の経験からしてもゲームを取り上げたところで勉強時間は延びないが、母は聞く耳を持たない。

 弟は、自分で新たにゲーム機を購入し、自室で母に怯えながらマリオカート7と太鼓の達人を貪る毎日。学校には真面目に毎日通っているので、僕の時とは幾分かマシなのだが、その分母の見当違いな期待の餌食になっているのかもしれない。

 そんな申し訳なさもあってか、僕は度々嘘で弟を庇っている。ゲーム機を僕が弟に貸していると問い詰められた時は、弟が勝手に持って行ったことにしてDSを僕が回収&リリース。そんなことが何度か続き、その都度僕は弟を庇った。時には、僕が全面的に悪者になることもあった。

 正直、全く事実無根のことで悪者にしたてあげられるのは、たまったもんじゃない。僕のメンタルもそう丈夫ではないし、疲れていた。そんなまた嘘をついたある日のこと。
弟は僕に
「お前にはいつも申し訳ないし」
と、渋々現実を受け入れ、また新たにDSを購入しようか検討していることを伝えた。

 寝落ちでどうせバレてキリがないからやめとけ、と納得させるも、僕は少し嬉しかった。
少なからず、弟が「申し訳ない」という罪悪感を抱いていたことが。

 僕が弟を庇うのは、根本的な解決ではなく、一時的な気休め程度にしかならないが、それでも妥協するしかないのが現状だ。

 僕はその日、弟と夕飯のマックを食べた帰り道、自転車で並走しながら話していた。
「俺、そろそろ家出たいわ。やってらんねえよな」
「じゃあ俺が家出る時に、一緒に出ようよ。じゃないとこええ」
「あと3.4年はかかるじゃん。正直きついわ。」
「・・・」
「じゃあ、お前と俺がろくでもなくなったら、一緒に住もう。お前は大学にでも行ったつもりで、俺と芸人でもやろうぜ。」
「一緒に住むのはいいけど、芸人はやだよ」
「じゃあバンドでもやるか?お前ピアノやってんじゃん」
「なら芸人のがマシだよ」

 正直、一秒でも早くこの家を出たいと思っているが、弟が本当に心配だ。弟が親を殺す可能性も考えられなくはないし、その逆もありうる。そこまで過剰にならなくとも、母のストレスの矛先が弟に集中するのは目に見えている。

 最近、自分がどうすればいいのかがわからない。
自分勝手に生きてもいいが、弟とは仲が良いので、見捨てたくはない。一緒に住むにしても、弟がバイトできる年齢に達するまでは、少なくともあと三年はかかる。僕も収入が十分にある訳ではない。

 人生は、妥協の連続。
それにしても妥協点が、あまりにも低すぎるよ・・・